じょうるりでら(こうみょういん)
浄瑠璃寺(光明院)
牛若丸と浄瑠璃姫の悲恋を偲ぶ。
牛若丸(源義経)と兼高長者の娘、浄瑠璃姫の、美しくも悲しい恋物語が眠る場所です。
承安4年(1177)、牛若丸は、奥州平泉の藤原秀衡を頼って旅を続ける途中、矢作の里を訪れ兼高長者の家に宿をとりました。ある日、ふと静かに聞こえてきた浄瑠璃姫の琴の音色にひかれた義経が、持っていた笛で吹き合わせたことから、いつしか二人の間に愛が芽生えました。 しかし、義経は奥州へ旅立たねばならず、矢作を去りました。姫が義経を想う心は日毎に募るばかりでしたが、添うに添われぬ恋に、ついに菅生川に身を投じて短い人生を終えました。
光明院は浄瑠璃姫の父兼高長者が瑠璃光山安西寺を開いたのが始まりです。当初は岡崎城内にあり、後に現在の場所へ移されました。
義経と浄瑠璃姫の画像と姫守本尊の尊薬師如来が安置されています。
また、岡崎城内で浄瑠璃寺があった場所は「浄瑠璃曲輪」と呼ばれています。
承安4年(1177)、牛若丸は、奥州平泉の藤原秀衡を頼って旅を続ける途中、矢作の里を訪れ兼高長者の家に宿をとりました。ある日、ふと静かに聞こえてきた浄瑠璃姫の琴の音色にひかれた義経が、持っていた笛で吹き合わせたことから、いつしか二人の間に愛が芽生えました。 しかし、義経は奥州へ旅立たねばならず、矢作を去りました。姫が義経を想う心は日毎に募るばかりでしたが、添うに添われぬ恋に、ついに菅生川に身を投じて短い人生を終えました。
光明院は浄瑠璃姫の父兼高長者が瑠璃光山安西寺を開いたのが始まりです。当初は岡崎城内にあり、後に現在の場所へ移されました。
義経と浄瑠璃姫の画像と姫守本尊の尊薬師如来が安置されています。
また、岡崎城内で浄瑠璃寺があった場所は「浄瑠璃曲輪」と呼ばれています。
基本情報
住所 | 〒444-0059 愛知県岡崎市康生通西3-25 |
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アクセス | 名鉄「東岡崎駅」より名鉄バス奥殿陣屋行他「康生町」下車徒歩3分 |
備考 | 開運厄除・交通安全 |