知勇兼備の勇将、榊原康政!

秀忠が、関ヶ原の戦いに遅参したことに怒った家康は、秀忠の弁明も聞こうとしませんでした。そのため、康政は親子の和解のため家康を訪れ、死を覚悟で遅参の全責任を一身におい、家康の怒りをやわらげ秀忠との対面を実現させました。秀忠は、康政に感謝をし、『子々孫々に至るまでこの恩は忘れない』との書状を与えています。
関ヶ原の戦いの後、館林にこもり隠居同然の生活をおくります。死ぬまで老中にあったものの決して政治に口をだすことはありませんでした。『老臣、権を争うのは亡国の非なり』という康政の性格が伝わってきます。
姓名/榊原康政(さかきばら やすまさ)
生年/1548年
出身地/愛知県豊田市
幼名/亀