【2026観光大使おかざき】ドライブで巡る『岡崎名城めぐり』
『岡崎名城めぐり』スタンプラリー体験記
徳川家康公ゆかりの地として知られる私たちの街。 シンボルである岡崎城がとても有名ですが、実はこの地には、かつて150箇所以上の城が築かれていたことをご存じでしょうか?
「岡崎のお城を知れば、家康公の考えが見えてくる」そんな言葉にワクワクしながら、家康公が磨き上げた知恵の原点を探しに、市内に点在する山城や古城を巡る旅に出かけてきました。日近城、山中城、岩津城、そして岡崎城。
1日で4つのお城を巡り、スタンプラリーも無事に制覇! そこで見えてきたのは、のちの天下取りへと繋がっていく、壮大な「戦略のパズル」のひとかけらでした。家康公が古城から何を学び、それをどう岡崎城へと活かしていったのか。 お城に隠された「知恵のルーツ」を一緒に覗いてみませんか?
★スタンプラリーは、2026年3月31日(火)まで。
〔1〕日近城跡(桜形町)
1400年後半に、この地域の領主である奥平氏が築いたとされており、中世山城の特徴がよく残されています。城は山頂の主郭から西方向に3段ほどの曲輪(※1)が連なるつくりになっていました。横堀(※2)や堀切(※3)の先が竪堀(※4)で遮断されており、この手法は「家康の城」の城郭の特徴であるそうです。
主郭までは片道30分程で急坂で滑りやすい草の道が続いていました。登山の際は動きやすい服装や運動靴がお勧めです。
※1 城を構成する本丸・二の丸などの区画のこと
※2 曲輪の周囲にめぐらした堀
※3 敵の侵入を防ぐために山の尾根を断ち切るように掘られた空堀
※4 斜面に沿って、垂直に掘られた堀
敵が横方向へ移動するのを防ぐために築かれた
〔2〕山中城跡(羽栗町)
実はこのお城、いつ誰が築いたのかについては今も多くの謎に包まれています。
一説には西郷氏が築いたとも、その所領を引き継いだ岡崎松平家の手によるものとも伝えられていますが(諸説あり)、はっきりとしたことは分かっていません。現在目にすることができるお城の形(縄張)は、戦国時代末期の1500年後半、家康公の手によって改修されたものと考えられています。
敵の侵入を阻止するため、竪堀を備えることでより一層守りを固くし、重要な出入口には馬出(※5)を配置することで進路を限定させて、守りやすく攻めにくい構造になっています。
※5 虎口の外部に設けられた角形や半円形の小さな曲輪
〔3〕岩津城跡(岩津町)
戦国時代の様相を示す 縄張構成〔土塁(※6)・土橋(※7)・横堀・竪堀・馬出・枡形(※8)・櫓台(※9)と中世城郭〕のほぼすべての要素が揃っている重要な遺構です。
現在の縄張りは家康公の改修によるものと考えられていて、主郭正面の入口となる土橋がとても印象的でした。主郭までの道のりも比較的歩きやすく短いため見学しやすいです。
※6 敵などの侵入を防ぐために土を盛って築かれた防壁
※7 堀などを通行するために造られた土の橋
※8 虎口の防御のために設けられる石垣や土塁によって囲まれた四角形の区画のこと
※9 櫓を設置するために土や石で築かれた土台のこと
〔4〕岡崎城(康生町)
この地域における「土の城」の到達点である岡崎城は同時に本格的な「石垣の城」の出発点でもあり、現在でも「野面積み(のづらづみ)(※10)」や「切石積み(きりいしづみ)(※11)」の石垣は当時のまま残っています。
※10 石材を山からそのまま運んできて積み上げたもの
※11 石材を適度な形に割って積む割石をさらに加工したもの
4つの城跡(日近城、山中城、岩津城、岡崎城)の紹介をまとめたパンフレットは市内観光案内所等にて配布中です。城跡の本丸付近に、記念スタンプを設置しています。スタンプを4つ集めた方には、4城制覇記念のオリジナル御城印をプレゼント!(数量限定)
ぜひ皆さまもパンフレットとともに城跡を探索してみてはいかがでしょうか。
看板を頼りに山道を一歩ずつ進む時間は、まるでリアルな探検!
歴史好きさんはもちろん、私たちのような初心者でもドライブがてら気軽に楽しめます。
周辺のお店に寄り道しながら、皆さんも新しい岡崎の魅力を発見してみませんか?


